転職理由は十人十色
転職したい理由、会社を辞めたい理由は人それぞれです。
人それぞれで、いろいろとあって良いのです。
- 人間関係の問題
- 仕事に見合った給料がもらえない不満
- 同僚・同期との比較による給与への不満
- キャリアアップ
- 勤務環境が劣悪
- パワハラ、セクハラの被害
- 既に退職済みで次を探している
etc.
日経BP社のメールマガジン(2014年3月12日号)で、故P・F・ドラッカーの言葉として、組織を辞める正しい時期について
「組織が腐っているとき、自分がふさわしい地位や立場にいないと感じたとき あるいは成果が認められないとき」
と紹介されていました。 列挙した内容と重なる部分も大きいですね。
ドラッガーの言葉は、およそ全ての転職理由を包含(ほうがん)しているようにも思えるのですが、如何でしょう。
心の中に響く小さな不協和音に耳を傾けよ!
真面目な人、こと生真面目(きまじめ)とも言える人がいます。
明らかに環境の方が悪いのに、自責の念に駆られてしまうのです。
最近は世の中が荒んでいる(すさんでいる)ので、実際におかしな会社は増えています。
そしておかしいだけならまだしも、おかしくあり悪質ですらある会社が増えています。
そんな会社はアメとムチを上手く使い分けます。
あたかもそれが真実であるかのように思い込ませます。
実際には搾取しているのにです。事実に反したことを思い込ませるのに長けているのです。
そして、それは会社の中で仕組みとなっています。
DV(ドメスティックバイオレンス)の加害者と被害者の関係に似ていますね。
それでも、おかしな会社にいれば、会社がどんなに狡猾(こうかつ)に振舞おうとも、あなたの心の中には、ほんの少しでも不協和音が響くと思います。
といった具合です。
その初期に覚える違和感を大切にしてください。会社のおかしさに染まらない初期段階で、退社を決めてしまうのが一番良い判断なのです。
しなくていい我慢はある!
あるIT系の会社でのお話です。SI事業者(システムインテグレーター)と謳ってはおりましたが、実際のところは、単に派遣法に抵触しないための「派遣ではない」でした。つまり、実質的には要員派遣の会社でした。或る日、頑張っていたある女性社員が退社することになりました。
それを受けて、管理部門の社員はぽつりとこぼしました。
すると彼女の所属する部長さん曰く
管理部門の社員はその部長の言葉に得心(とくしん)が行きました。自分の感覚が少しおかしいことに気付いたのです。
幸いにして、この管理部門の社員は、自分の感覚のおかしさに直ぐ気づきました。
あなたは気付くことができますか?
会社で仕事をするということは、多少なりとも辛いことはあるでしょう。時としてそれを我慢する必要があることはもちろんです。少々仕事が辛いからといって直ぐに逃げ出すのは、どうかと思います。
でも、ここで話題になっている「我慢」は、文脈から考えて、そういう種類のものではないことは明白でしょう。この場合は、会社と派遣先の双方が問題でした。必要とは言えない辛さを我慢させられていました。同僚の女性が、「針の筵(はりのむしろ)」という言葉で状況を評していたことからも窺われました。
部長さんの言葉が状況の深刻さを明確に伝えています。
部長さんは聡明で、まともな感覚なのです。
退社を決めた女性が、仕事が辛くて逃げ出すわけではないことを理解し、会社に問題があることを理解しています。(派遣先の問題も送り込んでいる会社の責任です。)
そして部長さんと雖も(いえども)、なすすべがなかったのでしょう。
ともすると判断の軸足が会社に置かれてしまい、「管理部門の社員」の初めの発言のような発想になってしまいがちです。
ところが一歩引くなり、一段高いところから、状況を見れば、「部長さん」のように会社より大きな視野で彼女のことを考えられるのです。
一杯一杯で苦しい状況下では甘えるべし!
休日にもかかわらず社長から電話が掛かっていました。疲れのため昼過ぎまで寝ていて、目覚めたら着信履歴があるのです。このところいつもそうでした。電話を掛けると聞いてもいなかったアポに出社しなかったと詰られ(なじられ)ました。
アポの有ることなどもとより知るはずがないのです。社長が自らアポを取り、連絡して来ていないのですから。そこで、知らなかった旨を伝えました。すると君は何か欠落しているのではないかと更なる攻撃をしてくるわけです。
この話を友人にしました。そしてこのようなことが日常茶飯事であり、これまで受けてきたおかしなことやひどい仕打ちについて話ました。社長が不当であることを訴えたのです。
すると友人曰く
どちらが良いか悪いか、どちらが正しいか正しくないかは、この際、もうどうでもいいことではないかな?
そんな社長とは付き合っていけないということはもう結論として出ているんでしょう。それならそれでもう十分でしょう!?
この言葉は目から鱗が落ちるようでした。
確かに、どちらが正しいかや相手が不当であるか否かはもはや問題ではないのです。関係を終わらせるべきであるという結論は既に出ているのは明らかなことだからです。
つまり、この主人公は正しかろうか正しくなかろうがどちらでも良いことだということです。言い換えれば、離職を決めるに当たり、必ずしも正当性を担保する必要はないということです。
壊れる前に非常事態宣言せよ!!
簡単に言えば、勤務継続が不可能とはっきりしている状況下、つまりは肉体的や精神的に一杯一杯(限界)の状況下では、正当な退職理由であろうがなかろうが関係ないだけでなく、問題にすらならないということです。
それは、仮に自分に能力、資質、根性がないのが理由であってもそうです。無理なものは無理で、非常事態宣言をすれば良いのです。あなたが壊れてしまっては元も子も有りません。
本来ならやるべきことでも、「できないものはできない」と甘えてしまうことも時として必要であり、そのことを念頭にも置いておく必要があるということでもあります。文字通り「できないものはできない」わけですから、そこで甘えられないと本当に行き詰まります。
そして、身体を損ねたり、精神を患ったりすることになるのです。鬱になったり、自律神経がやられたり、最悪の場合に自殺に追い込まれたりするのは、甘えられないことが元凶なのです。